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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)137号 判決 1966年4月19日

原告 加藤高

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三五年抗告審判第三四一〇号事件について、昭和三七年六月一一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文第一項同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三四年五月二五日、特許庁に対し、名称を「生育魚類輸送装置」とする発明(以下本願発明という。)について特許出願(昭和三四年特許願第一六七一六号)し、昭和三五年一二月三日、同年一一月二九日付の拒絶査定謄本の送達を受けたので、同査定を不服として、同年一二月二四日、抗告審判を請求し、昭和三五年抗告審判第三四一〇号事件として審理されたところ、昭和三七年六月一一日、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は、同年七月二八日原告に送達された。

二  本願発明の要旨は、「上壁の一部に適宜高さの漏斗管を設けたタンク内に、空隙を生ずることなく放魚した水を充満せしめて密閉し、水を固体化した後、タンク内の水を吸引して、これを該タンクの上壁に設けた漏斗管に放出し、再びこれをタンク内に流入せしめて水を循環流動させることを特徴とする生育魚類輸送装置」にある。

三  本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。

大正一四年実用新案出願公告第六二三九号公報の記載(以下引用例という。)によれば、「魚函を構成すべくヅツクを纒絡した骨子をボルト(1)とソケツト(2)とにより組み合せ、かつ、魚函と連絡したポンプの胴ピストンの摺動部ならびに送水管は、螺子により螺合せしめ、組立ておよび分解できるようにした活魚運搬器の構造」が示されている。本願発明と引用例とを比較すると、生育魚類を入れる容器が、本願発明では、上壁に漏斗管を設けたものであるのに対し、引用例では、上壁が開放されたものである。また、本願発明は、右生育魚類を入れる容器に水を充満するものである。およそ、容器において、できる限り開口部を狭くし、かつ、これに水を充満した場合振動による水の動揺の少ないことは、普通に知られている事実であるから、本願発明では、生育魚類を入れる容器に、前記事実を単に使用したに過ぎないものと認められる。したがつて、本願発明は、引用刊行物に記載の事実より容易に推考できる程度のもので、本件に適用のある旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条に規定する特許要件を具備しないものと認める。

四  しかしながら、本件審決は、つぎの点において違法であり、取り消されるべきものである。

(一)  審決は、およそ、容器においてできる限り開口部を狭くし、かつ、これに水を充満した場合振動による水の動揺が少ないことは、普通に知られている事実であるといい、それは何人にも知られ行われていることではあるが、この原理が生育魚類の運搬に利用されたことは、本願発明出願前にはなかつた。従来生育魚類を運搬する場合には、水を収容したタンク内に多量の魚類を入れ、一方、水に酸素を補給するためできるだけ広い水面を空気に触れさせるように蓋板と水面との間に空隙を存せしめて、汽車もしくはトラツクで輸送しているので、水とタンクとは別個に動揺し、魚類は、きわめて疲労困ぱいし、そのおよそ五〇ないし八〇パーセントが死亡する。これは、輸送中容器内の水の動揺がはなはだしく、魚体が他の魚体または容器の側壁等と衝突し、魚体の有する粘液をすり落すため等による。本願発明は、水の動揺防止と酸素の供給不足を補うことを考慮し、右原理を利用して、容器の容積に比し比較的多量の生育魚類を運搬中ほとんど死亡損失なく輸送しうる特段の効果を収めるものである。

(二)  容器の開口部を狭くした場合、酸素を補給することに関し考慮をはらうべきであるが、審決は、本願発明が、活魚を生存させるため、できるだけ、開口部を狭少にしこの開口部を伸長して水の循環流入口を形成し、酸素を補給しうるようにするとともにタンクに水を充満しやすくした点について、何ら考慮した跡がない。

本願発明は、(1)タンクの上壁板(蓋板)とタンク内の水面との間に間隙のないように水を満たし、(2)該タンク内の水を吸引して、これを上壁の一部に設けた適宜高さの漏斗管に放出し、水を空気に触れさせて再びタンク内に流入させ、水を循環流動させるようにしたものである。この場合、タンクの上壁に適宜の高さに設けられた漏斗管に注水管から水を放出することにより、水は、当然空気に触れ酸素を補給される。本願発明は、引用例および普通に知られた事実から、当業者の容易に推考できる程度のものではない。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項(引用例に請求原因第三項冒頭記載のとおりの活魚運搬器の構造が示されていることを含む。)の事実は認める。同第四項の点は争う。

(一)  タンク内に入れる活魚の量がよほど多く、また、水の動揺もよほど強烈でない限り、普通の活魚運搬において魚体が摩擦するということは考えられない。また、酸素補給のためにタンク内の水を循環流動させることは、それ自体水の流動であり、一般の魚類の生活環境よりみても、輸送中の水の動揺がさほど活魚に影響を与えるとは考えられない。したがつて、普通の活魚運搬において、水の動揺による魚の死亡は、酸素の欠乏による死亡に比べれば、さほど考慮の要がないことである。審決は、容器の開口を狭くしかつこれに水を充満した場合振動による水の動揺が少ないという原理を、本願発明が活魚運搬に利用した点を無視しているわけではなく、この原理の利用の点には、何ら発明力を必要としないとしているのである。

引用例によれば、タンクの上面が一応開放された状態になつているが、輸送中振動の強い場合は、水が動揺してタンク外にこぼれ出ることになるから、これをそのまま放置するはずがなく、つまり、引用例の場合は、水がタンク外にこぼれ出るほど振動しないことを前提としたものといえる。したがつて、引用例の場合でも、水がタンク外にこぼれ出るほど振動するときは、それを防止する処置をするのが当然であるところ、その処置として、普通に知られているところにより、できる限りタンクの開口部を狭くし、かつ、水を充満することは、容易に推考できる程度のことである。

(二)  水を循環させつつ水に酸素を補給することは、引用例の場合、タンクの上面から一本の送水管により行つているのであるから、タンクの上壁が開放されているか、開口部が狭いかに何ら影響されない。本願発明には、輸送中の動揺による水のこぼれ出るのを防止するという以外に、格別の効果は認め難く、仮に輸送中に水が動揺するよりも動揺しない方がよいとしても、それが考慮に値するほどのものとは認められない。

原告の本訴請求は、いずれにしても理由がないから、失当として棄却されるべきものである。

第四証拠<省略>

理由

一  特許庁における本件審査、抗告審判手続の経緯、本願発明の要旨および本件審決の理由の要旨(引用例について審決理由に示されたとおりの記載があることを含む。)についての請求原因第一ないし第三項の事実は、すべて当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本願発明の要旨は、「(一)上壁の一部に適宜高さの漏斗管を設けたタンク内に、空隙を生ずることなく放魚した水を充満せしめて水を密閉し、水を固体化した後、(二)タンク内の水を吸引して、これを該タンクの上壁に設けた漏斗管に放出し、再びこれをタンク内に流入せしめて水を循環流動させることを特徴とする生育魚類輸送装置」にあるところ、成立について争いのない甲第一号証(本願発明の明細書および図面)および同第七号証(右明細書の訂正明細書およびその差出書)によれば、本願発明は、「これを別紙添付の図面により説明すれば、(一)タンク(1)内に水を充満し、これに生育魚類を放魚し、タンク内の空隙を除去した後、その開口に蓋板(2)をパツキング(3)を使用して密閉し、…………(二)上壁の一部に適当なる高さを有する漏斗管(4)を設け、これに断面八字状に遮板(5)(6)を設けて、水が漏斗外に飛散しないように通路を設け、注水する水を該遮板(5)(6)の間隙からタンク(1)内に注水せしめ、しかして、タンク(1)の底部に吸水管(8)を開口せしめ、他端はポンプ(9)を介して注水管(7)と接続せしめ、…………タンク(1)内の水を吸引し、これを注水管(7)から漏斗管(4)内に放出せしめて、再びタンク内に流入せしむる。(三)この場合、流出流下する水は、空気に触れて酸素を補給する。かくのごとくして、タンク(1)内の水を…………循環せしめ酸素を補給するとともに、タンク(1)内の水は、固体化して、タンク(1)が動揺しても、水が動揺することがないから、生育魚類は、何ら疲労しまたは衝突する等の障害を起すことはない。…………水の動揺による水のいつ出により魚類を流失する等のことなく、したがつて、遠隔の地に動揺の激しきトラツク等により運搬するも、何らの支障なく安全に輸送しうるほか、装置簡単にして堅牢なる特長を有する。」ものとの文言および別紙のような図面が記載され、そのような構成((一)(二)は実施例に関する)と作用効果のものと認められる。

二(一)  およそ容器においてできる限り開口部を狭くしかつこれに水を充満した場合振動による水の動揺が少ないことが、本願発明の出願前から普通に知られている事実であることは、原告の自認するところであり、これが、本願発明にいわゆる水の固体化に当ることは明らかであるが、本願発明は、この理を特に生育魚類の運搬装置に用い、運搬中における生育魚類を放つたタンク内の水の動揺を少なくし、かつ、タンク内の水を吸引して該タンクの上壁に設けた漏斗管に放出し、再びこれをタンク内に流入させて水を循環流動させることを併用し、前示認定のとおりの作用効果を収めるものである。

(二)  一方、引用例は、「魚函を構成すべくヅツクを纒絡した骨子をボルトとソケツトとにより組み合せ、かつ、魚函と連絡したポンプの胴ピストンの摺動部ならびに送水管は、螺合せしめ、組立て分解できるようにした活魚運搬器の構造」にかかるものであり、成立について争いのない甲第三号証(引用例の公報)によれば、同公報の発明は、本願発明出願前に出願公告されたものであるところ、ポンプを函側の底部附近とゴム管で連絡し、函内の水を吸入し、ポンプの上部に取りつけた送水管を通して魚函の内部に放水するもので、活魚を生活状態のまま汽車汽船等により運搬する際、ポンプにより函内の水を絶えず転換させ、水に活動を与え空気の交換をよくし、活魚の生息に適させ魚が運搬中に死なないようにしようとするものであることが認められるけれども、何ら本願発明のように容器に水を充満密閉することにより水の動揺を少なくするという理を生育魚類の運搬装置に用いる点について示していない。

(三)  本願発明は、右の新規な構成にもとづいて、生育魚類を遠隔の地に動揺の激しいトラツク等により運搬してなお従来の輸送方法に比し死亡させることが著しく少ないという特段の作用効果を収めるにいたつたものであることが、弁論の全趣旨およびこれにより真正な成立の認められる甲第九ないし第一一号証により認められ、他に反対の証拠はない。

本願発明が右のとおりの構成にかかり特段の作用効果を奏するものであり、しかも、これまでにこれを実施したもののあることをうかがわせる証拠もない本件においては、にわかに、本願発明をもつて本件審決挙示の普通に知られている事実および引用例から当業者の容易に推考できる程度のものとすることができないといわざるをえない。

三  右のとおりであるから、以上の判断に反する本件審決は、その判断を誤つた違法があるものというべく、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 三宅正雄 荒木秀一)

(別紙)

第一図<省略>

第二図<省略>

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